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SEALDsは次のステージへ行くべきだ

正直、SEALDsの今の怒りを伴った活動の様子は、更に進化することが可能だし、進化するべきだと思う。

怒りは、対立しようとしてるから湧き上がる生理現象だと思う。

対立しようとする行為そのものが、『世直し』という目的を達成しようとすることにおいてある意味遠回りで、根本的な矛盾をはらむ行為だとぼくは思う。

声を上げるのはえらいし、ぼくは尊敬してる。

しかし過去の拡声器を持った人たちは、今みたいに世の中の「わきまえているが、結局は何にもならない人たち」からたくさんの非難を浴びて、殺されたり、活動を滅ぼされたり、人格を潰されていったように思う。

奥田愛基にはそんな風になってほしくない。

あんな風に具体的なアクションを起こして、硬直した世間に対して確かに影響を及ぼすことができるSEALDsは、とっても頭のいい人たちであることは疑いない。

しかし、今みたいに「すでにある風潮に対してアタックする」という行為は、同じく自らもアタックされてしまい、結局どちらが真に正しいかどうか誰にもわからないという、にっちもさっちも行かない途方もない結果を招きがちである。

周囲のアタックや先人の意志、意見、コンプレックスに惑わされないで、もっと深く潜って考える方向へシフトしてほしいと思う。

すでにSEALDsは、一定の成果を上げたと思う。
だから、SEALDsは今までみたく血気盛んな感じを維持する必要はないのではないか?

興奮しないで、瞑想してほしい。

そして、世間に蔓延する、「人々が当たり前だと信じて疑わないが、これこそが今の凄まじい社会問題を産んでいる認識」を見つけ、そこを的確に、しかし穏やかに突くことをしてほしい。