少年ジャンプも予備校の授業も面白すぎるから、それらの持つ有害性に気づきにくい

 少年ジャンプは面白い。
 ぼくも過去、様々な名作に没頭し、我と時間を忘れてページをめくり続けた。
 
 作品では、問題が起きると戦闘シーンが発生する。かなりの率で戦闘状態に持ち込まれる。
 
 これ、子どもの教育に悪いと思う。
 もちろん、「戦闘すること」が悪いという意味ではない。
 ぼくが言いたいのは、問題解決に『戦闘』を持ち込む必要はない、ということ。
 
 殴り合う前にたくさん考えるべきである。
 
 勧善懲悪思想が散見されるが、悪に見える人(あるいは物)への見方を変えれば『善』が見える。
 少年ジャンプでは「物事を粘り強く見る意義」を学べない。
 
 そもそも『勝利』する必要がない。
 制作側は娯楽の装置として、物事に白黒つける戦闘を好んで用いているのだろうか。
 
 

 予備校の先生はクセがあり魅力的な人が多い。

 授業も学校のものと比べてはるかに面白い。
 授業中に出てくる、授業の内容とは全く関係のないムダ話もたまらなく心地よい。
 
 予備校のエンターテイメント性はすばらしいものがある。
 
 だが、それまでだ。
 受験に際する知識の詰め込みは、一生においてほとんど役に立たないことくらい、誰もがわかっているだろう。
 
 予備校の授業は、根本的にムダなことをしている。いかに受験戦争を勝ち抜くか、これに関する戦略立てを行う・・・受験後の人生には役に立たないだろう。
 
 受験を戦い抜くことがその後の人生に良い影響を与えることは確かだろう。物事に取り組む上での効率的な考え方を学べる、逆境でも前へ進む根性が養われ、逆境でもくじけないことの意義を学べる。
 
 それらは言うまでもなく、受験以外でも学べることである。スポーツ、バイト先、趣味……。
 必ずしもそれらを、受験の場で学ぶ必要はない。
 受験で学べたらそれは良いことだろう。ただ、それを学ぶのは受験じゃなくてもいい・・・。
 
 そもそも、効率的な取り組み方を身につけることや、逆境に打ち克つ力を付けることは、必須ではない。それらを身に付ける=人生幸せ、そんなことはない。
 
 社会生活を生き抜くために、それらを早急に身に付けることを奨励される。
 
 社会生活に適応しようと力を尽くした結果、うつ病になったり、睡眠時無呼吸症候群に悩まされたりと、苦しみにあえぐ人たちはたくさんいる。
 
 何が不幸の入口になるかわからない。
 
 
 少年ジャンプや予備校の授業は、娯楽に飢えた学生にとって面白すぎる。
 
 
 味の薄い母乳しか知らない赤ちゃんがミロを飲むと、未知の美味さに目をカッと開くらしいが、まさに同じ現象。
 
 面白すぎるから、強く求める。
 少年ジャンプと予備校の思想に浸る。「良いもの」だと思ってしまう。
 
 
 価値観を狭めるきっかけになる。生き方を狭めるきっかけになる。人生を狭めるきっかけになる。
 
 
 幸福の入口かもしれない。
 先のミロの話はぼくが高校時代、授業で先生に教えてもらった。そのときとても面白く、幸せだった。
 
 当然、仮想敵を倒すことで得られるカタルシスは生きる上で必要だ。
 受験で得た知識や考え方が未来の選択肢を広げるきっかけになるかもしれない。
 
 どちらも大切なのは言うまでもないが、その先を考えるべきだ。
 
 自分のやってることが、どんな危険性を持っているか。
 
 自分のやってることの危険性を疑って生きてる人が、世界にはどれくらいいるだろうか。
 
 そんな誠実な人たちが増えてほしい、今日この頃。